約束
ジッと彼に背中を向けていた。
足が一歩も動かなかった。
とっても寒いのに、雪が降るほど寒いのに、私の左後ろは温かく、私の顔もほてる。
「寒いね……」
静かで優しい鈴のような声。
男の人には珍しい声だったけれど、その声がとても心地良い。
私が黙って体を小さくしているとそっと肩にマフラーがかけられて、ふんわりと肩に温かさが広がった。
「また会えるとは思って無かったよ」
肩にかかった長いマフラーの両方の端っこを両手で握ってコクリと私は頷く。
「会社の帰り?」
「……ん」
「そう、それじゃ、早く帰らないとね……風邪ひいちゃう」
そっと、私の左後ろが涼しくなりかけて、私は慌てて振り返って彼のコートの袖を掴んだ。
カクンと体を止めた彼が振り返る。
「……あ、あの……」
「何?」
「名前を……聞いて無いから……」
「クス、そういえばそうだったね。雨宮翔(あまみやしょう)君は桐村みぞれさんだよね?」
「あ……そうか、名刺見たんだったっけ」
「うん。ごめんね」
彼の謝罪の言葉に黙って首を振って、私は彼を逃がさないと言わんばかりに彼の袖口をギュッと握り締める。
クスッと彼の笑声が聞こえて、そっと彼の温かい手が私の握っている手に添えられた。
「明日……また、この時間にココに来るよ」
私の様子を察したのか彼はそう私に言って、握り締められている私の手をそっと自分のコートから離す。
「あ、明日……」
「駄目だったら明後日でも」
「どうして?」
少しドキドキしていた。
もしかして……そんな事を考えて。
もしかして私の事を気にしてくれているのかもしれない。
勝手な期待を抱いて。
「毎日、この道は通ってるんだ。もう少し早時間だけど。今日はたまたま遅くなってね」
(そりゃ……そうよね)
納得したようで、どこか心の中で残念な、少し沈んだ気持ちになっている自分がいた。
「たまたま、か……」
私の呟きにまた彼が笑う。
どうしてだろう?
他の、会社の男にこんな風に笑われたら私はきっとムッとして、苛立ちを覚えるだろう。
なのに、彼の笑い声は私には心地良い。
「明日からはこの時間に通るようにするよ」
「この時間に。でも、私が残業だったら……」
「それならそれで良いんじゃない?今日が駄目だったら明日がある。明日が駄目なら明後日が。明後日が駄目なら……」
「フフッ、それじゃエンドレスだわ」
「そう、エンドレス」
ニッコリ微笑む彼の笑顔につられて私は笑った。
久しぶりだった。
何も考えず、ただ頬がクイッと勝手にあげられる感覚に任せて笑顔を作るなんて。
冷たくなった私の手を両手で包んだ彼は自分の手袋を私の手にかぶせ、自分はコートのポケットに手を突っ込んだ。
「じゃぁ、また今度」
「うん、今度……」
【今度】その約束は、いつかは分らないけど確実な未来の約束。
大きな彼の手袋で冷たい両頬をあたためながら、彼の背中が人ごみの中に消えていくのを見送った。
"
応援ヨロシクです♪