雪華〜コイスルヒト〜

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

体温 2

イメージ


「ダメだよ。そんな声出しちゃ」
フフッと笑って言う彼。
別に漏らしたくって漏らしたわけじゃないけど、彼に指摘されると急に恥かしくなってくる。
恥かしさに自然と顔が下を向いた。
「……どうしたの?」
「んぁ」
耳にかかる息に、再び自然と顔が上を向く。
彼は優しく私に言葉をかけるけれど、それはまるで私の反応を楽しむように、ワザと耳元で喋るようだった。
「声を出しちゃダメだって言ってるのに」
クスクス笑う彼にそんな事言ったって……そう反論しようとした私の唇を彼が塞いだ。
前触れの無い、突然のキス。
驚いて目を見開いてみれば、目の前に、彼の瞳。
ジッと私の瞳の奥を覗き込んでくる彼の瞳の輝きの強さに私は思わずゆっくり瞳を閉じた。
閉じられた瞼の向こう側からでも彼が見つめているのが良く分る。
まるで雲の上にいるように、私の頭の中は白くなり、ふわふわとしていた。

温かい……

そう、唇も体も。
彼の香りに包まれて、私は夢を見ているようだった。

不意に、ただ重ねられていただけの唇が、そっとその向きを変え、私の鼻の上を彼の鼻息が通り過ぎたとき、私はこれが現実なのだと頭の片隅で理解する。
不思議な事にほんの少しそう理解しただけで私の心臓は暴れ始めて、顔が一気に熱くなっていった。
(え、あ……ど、どうしよ)
端に寄っていて少なくなってきたとはいえ、公道でいい年をした大人がまるで若い恋人同士のように唇を重ね、しかも、それが恋人と言う存在かどうかも分らない相手。
夢見心地な頭が徐々に現実と言うものに支配されていくほどに、私の体はカチコチに固まっていく。
学生時代にさえ、こんな公道でキスをしたことなんて無い。
重なるだけの唇は私を求めて離さないと言わんばかりに揺れ動き、少し荒くなる彼の息遣いに、私も飲み込まれていくようで。
突き放してしまえば良いんだけど、体のどこかでそれを嫌がっている私が居て、私は彼の背中に回していた手で彼の服をぎゅっと握った。
「ふぅん」
彼の唇が少しずれて、私の唇に隙間ができ、息を漏らす。
彼はそっと私の唇から離れ、鼻先を私の鼻先にくっつけた。
「ごめん」
予想もしなかった言葉と少し沈んだ声色に私はキュッと閉じていた瞼を開ける。
瞼を開けた私とは違い、彼は瞼を閉じて少し申し訳なさそうに眉をしかめていた。
「どうして、ごめんなの?」
「こんな事するつもりは無かったのに……」
溜息混じりに言う彼のその態度が、ぽつりと私の口から言葉が漏れさせる。
「謝られたくない」
「え?」
私の言葉に彼は瞼を開けて、私の目を見つめた。
「謝らなきゃならないような事……されたんだって思いたくない」
ジッと、彼の目の中に映る自分を見つめ、瞳の中の私の顔が徐々にゆがんでいく。
気が付いた時にはポロポロ涙が零れ落ちていた。
何が悲しいのか、何が辛いのか、自分でも良く分らない。
ただ、彼がキスの後にゴメンと呟いたその一言がたまらなく、心を締め付けた。
キスをされたとき、驚きはしたけれど、嫌ではなかった。
体を預けたのは、彼の唇に全てを委ねたのは私。
それを謝られては何だか自分を否定されているような、そして、身を委ねた自分が恥かしく感じた。
彼を見つめたまま、流れるに任せて頬に涙を伝わせる私に彼は慌てて、グイッと私を自分の胸に引き寄せる。
少し薄い彼の胸板に顔を埋めてみれば、耳に彼のドクドクと早い鼓動が聞こえた。
「泣き虫なんだね」
彼の声が胸の中から響いて聞こえるようで、とても不思議な感じ。
私は肩を震わせ、ヒックとシャックリに似た息をして言う。
「泣き虫じゃなかったわ……昔は。貴方のせいよ」
「僕の?」
「貴方が私の目の前に現れてから私は私じゃなくなった……少しの事で涙が出るようになった。不安で、心臓がドキドキするようになった」
「それが全部僕のせい?」
「貴方のせいじゃなけりゃ、誰のせいなの?」
泣き声でそういった私は、どんな答えが返ってくるのか、それにすら少し不安を持ちながら、彼の体にギュッとしがみ付いた。

イメージ上へ
イメージ イメージ イメージ

web拍手 "

応援ヨロシクです♪
inserted by FC2 system