くちづけ

<Sweet Orange Story

  Love 愛しき言霊>

嶺という男 5

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窓際、街の明かりと月明かりで私の顔もそして、男の顔も良く見える。
切れ長な瞳は蒼色で、澄み渡った空のよう。
黒い髪の毛には似合わないほどに綺麗で、男の人にしては白い肌がそれを際立たせていた。
「……目をそむけないのか?」
「そむける?そんな必要は無いでしょう?」
この男の風貌は確かに普通の人とは違う。
でもだからと言って目をそむければ私の負けは確定してしまうわ。そんな事、私のプライドが許さない。
ジッと見つめる男の瞳を私もまたジッと見つめ返す。
「ゼロ、では、俺も貴方と言う呼び方はやめてもらおう。既に名前は知ってるはずだ」
「政木 嶺。そうね、知ってるわ」
「なら、貴方と呼ぶのは止めろ」
「そうね、例え偽名でも名前は名前ね」
私にしてみれば当然のこと。
私とコンタクトを取る連中は100%本名を名乗る事は無い。
当たり前よね、やってる内容が内容だから本名を名乗るわけにも行かないもの。
私も本名を名乗ってるわけじゃない。
そう、私と私を買う男の間に名前なんてたいした問題じゃないから本名を知る必要もない。
私の言葉に男は少し不可解な表情をして、眉間に皺を寄せ、私に聞いてきた。
「偽名?嶺は私の本名だ。第一、何故偽名を使う必要がある?」
「あら、そうなの?それは意外ね。私の客は皆偽名を使うのよ。自分の地位を守る為に」
彼等は昼間の地位を守る為には夜の出来事はばれたくない。
そして、偽名を使う事は私を信用していないって事。
「地位か……フッ、俺には守るほどの地位は無い」
薄く笑った彼の微笑みは何だか私の微笑みに似ている。
守る地位はない、そういう男に私は溜息すらでない。
だってそうでしょ?コレだけの部屋に泊まっておいて守るべき地位は無いだなんてよく言えたもんだわ。
やっぱりスネカジリなのかしら?
薄く微笑む男の瞳に私は言う。
「じゃぁ、嶺って呼べばいいわね?」
「ククク、全く君は小気味いい。いきなり呼び捨てとはな」
「様をつけて欲しければ、そう呼ばせる態度を取る事ね」
ジッと、蒼い瞳をぶれる事無く見つめ返せば、その瞳はスイッと私の視線をさけた。
ココまで来て、私を避けるなんて。
そんな事を思ったけれど、避けられたからって追いかける私じゃない。
彼は私の顎を掴んで固定したまま、自分は顔を窓の外に広がる夜景の方に向けて、呟くように私に聞く。
「……ゼロは偽名か?」
【偽名】そう聞かれて「えぇ、そうよ」とスグに返事は出来なかった。
私の素性を知られるわけにいかないと言う理由もあるけれど、何より、私の中で【ゼロ】は私の一部であり、それが偽名であると言う認識がなくなってきていたからだ。
フゥと一息ついて、窓の外を眺める嶺の横顔に視線を送り逆に私から聞く。
「偽名だとしたら?」
「当然、本当の名を聞く」
「フフッ、それは無理よ……」
クスッと笑って言う私に嶺の眉間の皺が増えた。明らかに怒っていることが良く分る。
社会人として、こんなに自分の気分がはっきり相手に分るほど態度に出ていいの?って疑問に思いながらも、私の姿勢は崩れない。
「何故だ?」
「それくらい分るでしょう?私の職業は嶺に言わせれば娼婦なわけなんだから」
「源氏名だといいたいのか?」
「そうね、そんなものよ」
ニッコリ微笑む私に、嶺の機嫌は益々悪くなるようで、険しい表情が私の顔に降り注いだ。




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