くちづけ

<Sweet Orange Story

  Love 愛しき言霊>

嶺という男 8

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嶺は蛇口の温度を調節し、フフンと笑う。
「何?」
私が聞くとシャワーヘッドを掴んだ嶺の手は私の方へと動き、何の合図もなしに私の顔にはお湯が降り注いだ。
「ぅぐ!な、何なの?!あぅ!」
ばたついて、急な事にビックリしながら手で水流を防ごうと手を出しかけたが、その手を嶺が掴んで阻む。
何時まで続くのか分らない行為に私は瞳をギュッと閉じて、ただ、耐えるしかなかった。
自分の顔から流れ落ちる水流は洋服を濡らしていくのが良く分り、既に下着まで水をタップリ含んで、行き場を失った水達は洋服の繊維を通って隅々までいきわたっていく。
「コレ位か……」
嶺の声が聞こえ、顔から水流がなくなるとタオルが押し当てられた。
「な、何なの?!」
怒鳴りながらタオルを剥ぎ取れば、目の前に嶺の顔が現れ、嶺はニヤリと笑う。
その嶺の微笑みに、私は嶺の思惑がやっと分った。そして私は思う。なんて嫌なヤツだろうと。
嶺は私の化粧を無理やり落としたのだ。そんなに厚く塗りたくっているわけでは無いけれど、昼間の顔がばれない程度に派手な化粧をしている。
その化粧を今、無理やり服が濡れると言う事も、部屋が水浸しになると言う事もお構い無しに嶺は落としてしまった。
私が剥ぎ取ったタオルをもう一度私に渡しながら、嶺はクククと笑う。
「中々頑固な化粧品も使ってるんだな。娼婦が使うのは安物だと思ったんだが、そうでもないようだ。無様な顔になってるぞ」
チラリと背中にある大きな鏡に視線を向ければ、まるでピエロの化粧のように、黒い筋が顔にあり、嶺の言う通り無様そのもの。
口の端にニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべて私の様子を眺めている嶺を睨みつけ、嶺の手からタオルを奪って、洗面台から下りる。
洗面台のくぼみに落ちたままになっている備品に目を通し、化粧落としの洗顔を見つけて備品を戻す事無く、そのままにして洗面台を使って化粧を落とした。
タオルで顔をふき、広げたタオルを頭に載せて、頬かむりのようにして顔を見せないようにしつつ、チラリと視界に嶺を映して言う。
「出て行ってくれない?」
「何故だ?」
「化粧を直すわ。それに、こんなずぶ濡れの状態で居るわけにも行かないでしょ?」
私の言葉に、嶺はフンと鼻息で返事をするように私に近づき、無理やり私のかぶっているタオルを取り払った。
「や、止め!」
腕を交差させ、顔を隠そうとした私の両手首は大きな嶺の手でつかまれ、鏡に押し当てられる。
手首で持ち上げられるように、私の腰は再び洗面台の上に乗って座り、両足の間には嶺の体がねじ入れられた。
「化粧を直す必要は無い」
静かに言う嶺の言葉に私は顔を背ける。
「横暴で乱暴。いい加減にして……」
「貴様が悪い。本名を名乗らないならば、その素顔を知る権利は俺にある」
意味の分らない自論を展開する嶺に、いい加減イライラとしてきた私はキッと下から嶺を睨みつけた。
「……最低よ。帰るわ」
「帰らせると思ってるのか?貴様を買ったのは俺だ」
「本当に最低ね」
「ククク、最低か。俺にそんな事を言うのはお前くらいだ」
「あら?皆さん鈍感なのね。こんなに最低なのに気づかないだなんて。大切にすると良いわその鈍感な方々を」
「全く、本当に貴様は小気味良い」
とても嬉しそうにそう言って、嶺の顔は私にゆっくり近づく。
顔はそむけて居たけれど、けっして視線をそらさないように嶺を追いかければ、嶺の視線が絡み付いてきた。



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