くちづけ

<Sweet Orange Story

  Love 愛しき言霊>

嶺という男 9

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「女というのは、どうして美しい顔を汚く塗り固めるのか」
私と視線を絡めながら言う嶺。汚く塗り固めるといわれてもその前に素顔を『美しい』といわれて悪い気になる女は居ないだろう。
けれど、私にとっては褒め言葉にもならない。
「失礼ね。女は貴方達、男のためにより魅力的になるように化けているんじゃない」
「男のため?フッ、よく言う。己のためだろう?」
「そうね、だとしたら両方よ」
「両方とは、それはまた…」
「女はね、欲張りなのよ」
ニヤリと笑う私の様子を瞳にしっかり映し出して見つめる嶺。私なんかよりもずっと綺麗な顔。
男としても、女になったとしてもモテるだろうし、騒がれるでしょうね。
「男にだって欲はある」
「そりゃそうよ。人は欲の塊といってもいいもの。大きさや種類は色々だけど、欲の無い男も女も居ない。ただね、女って言うのは欲を隠すのが上手いのよ」
「化粧で素顔を隠し、欲すらその中に塗りこめるのか?愚行だな」
「フン、男だってそう変わりない。上手いか下手かそれだけの事、お互い様よ」
はき捨てるようにそう言って、会話で少し緩んだ嶺の手を振り切ろうと体をよじった私の腕を、嶺は先ほどよりも強く鏡に押し付けて身動き出来なくした。
「……いい加減、放してくれない?」
「放せば貴様はまたその顔を汚すんだろう?」
「出来ればそうしたいけど、それよりも、貴方のせいで洋服から下着まで見事なほどに濡れてしまってるの。暖房が入っているわけでもないこの部屋で、びしょ濡れの女をこのままにして良いと思って?女の体は男より繊細に出来てるのよ?」
「では、洋服を脱いで風呂に入れば良い」
「貴方、馬鹿?そうしたいけれど出来ない状況を作っているのはどこの誰?」
「出来なくはないだろう?俺が風呂に入れてやる」
フフッといたずらに笑った嶺。
冗談なのかそうでないのか、嶺の言葉からはそれを読み取ることが出来ない。
「言ったでしょ。私は決して男と一緒に入浴はしないわ。これだけは曲げない、無理やりにやるというならやれば良い、舌を噛み切るわよ」
「ククッ、貴様ならやりかねん」
「わかっているなら手を放して」
私が睨み付けてそう言うと鼻先にあった嶺の顔がフイッと動き、私の唇を通り過ぎた嶺の唇はそっと私の頬をかすめ、耳元にフワリと息をかける。
「放しはしない……」
呟くように、けれどその声は透き通るように私の耳に吸い込まれて響いた。
「そうね、放してと言って今すぐ放してくれないでしょうね。でも、このままも嫌よ。手を放すぐらいしても良いんじゃない?」
「違う……」
「え?」
「手じゃない、貴様を放したりしないと言っている」
「な、なんのこと?」
「もう貴様は俺の手の中。手放したりしない」
濡れた体のせいなのか、それとも、耳に響く嶺の怖い位に澄んだ声のせいなのか、私の背中にゾクゾクとした悪寒が走った。



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