十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 13

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いつも通りの時間いつも通りの仕事をこなし、夕方を迎える。
そう、いつも通りの作業だったはずなのに、とても楽だった様な気がしていた。
少し重いものを持とうとすれば、誰かしらがサポートしてくれる。
今までそんな事一度も無かった。
逆にお前がやることだろうとそっぽを向かれるのがオチ。
(……凄いわ、中身が変わったわけじゃないのに)
私の中に溢れるのは優越感。
こんな気持ちは初めてだった。
綺麗になりたいと願っていたが、高価なものは到底手が出ず、それに元々生まれ持ったものを、どうにかできるだなんて思っても居なかったから諦めていた。
なのに、今私は手に入れたのだ。
それも極上の体を。
更衣室で私服に着替えた私は洋服は変わっていないことに気がついて、ハッとする。
(この容姿に、こんな服……似合わないわ)
着古した皺だらけの白いシャツ。随分昔に買ってダメージでは無いのに傷みきっているジーンズ。
こんなものが今の私に似合うはずは無い。
家にだって、同じようなものがあるに過ぎない……
(今からでも駅前の店は開いてるわ。数着買っておいて、休みの日にちゃんと買いに行かなきゃ)
皺だらけの汚いその服を隠すように薄手のコートを羽織って更衣室を出て、下駄箱まで来ると、壁にもたれ掛っていた男が手を上げて私を笑顔で出迎えた。
「遅かったね」
そう、にこやかに声をかけてくる男の顔には見覚えがある。
確か社報に載っていた社長の息子だ。
(……どうして?私を待っていたの……?)
考え込みながら私は自分の下駄箱に手を伸ばし、靴を履き替えた。
下手な返事は出来ない。
現実のほとんどは代わりが無いとはいえ、人の心の中が変化しているのだ。
実際、皆の対応が違うし、こんな風に男性が私の帰りを待つなど考えられない事。
ましてやそれが社長の息子となれば尚更だ。
私は淡々と行動を起こしつつ、相手の出方をうかがっていた。
「食事に……いかないか?」
「……食事?」
「そろそろ、君を誘っても良いだろう?」
男の言葉を私の頭は瞬時に分析する。
【そろそろ】と言う事はかなり前から2人は知り合っていた。
そして、私は恐らく、この男を焦らしている……
「……ごめんなさい、今日は食事にいけるような格好じゃないから」
「君はまた……。そう言う為にそんな格好をしてきている事ぐらいお見通しだよ?」
私は驚いた。
一体どういう仕組みだろうと思う。
何もかもが私の都合の良いように動いている様な気がした。
そして、それがとても心地よかった。
男は私の腕を引っ張って、私を抱きしめるようにして言う。
「今日は…今日こそは、連れて行くよ。洋服は途中で買えば良い」
「……強引なのね」
「君がそうさせるんだろう」
男は私を腕に閉じ込めたまま、歩き出し、そして、車に私を乗せた。

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