十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 12

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鏡を見つめながら私は自分の頬に触れ、プルンとみずみずしい唇に指をやる。
たったそれだけの仕草なのに、どこか誰かを誘惑しているような、そんな妖艶さをかもしだした。
「……コレが、私なんだわ」
容姿が違うだけで、同じ動作もすべてが美しく、とても艶やか。
胸に少し重みを感じるが、それも何だか心地良い。
鏡の前で、自分の胸に手を当ててその存在を確かめ、そして様々なポーズをとる。
「素敵。鏡を見るのがこんなに楽しいなんてはじめてだわ……」
暫く鏡を見つめていた私の、制服のポケットに入っている携帯電話がなった。
一気に現実に引き戻されたような感じで、慌てて電話に出てみると、部長の怒鳴り声が聞こえてくる。
電話なのに、その場でぺこぺこ頭を下げて謝った私は電話が終わるとすぐに荷物を手に、会社へと駆け戻った。
ハァハァと息を切らして帰ってきた私は、すぐに部長の元へと向かい、深く頭を下げる。
「す、すみませんでした……」
部長の言葉は想像がついた。
頭を下げ、部長の様子を上目使いでうかがう私の顔はオドオドして、さらに部長を苛立たせ『そんな目を向けるな!気持ちが悪い!』そう怒鳴られる。
いつもの事……
そうは思っていても、やはり毎回気が重い。
いつも通りに下げられた私の姿を見た部長はゆっくり立ち上がり、そっと私に近づいてポンポンと肩を叩いた。
「全く、何処で油を売っていたのか……しようが無いな〜今日は大目に見てやるから席にもどって、仕事をしなさい」
予想もしない言葉だった。
驚いて顔を上げ、部長を見れば、部長の顔には笑顔すら見える。
(ど、どう言う事……?)
戸惑う私の耳元で部長が囁いた。
「今晩、こそ良いかな?」
「え?今晩こそ?」
「フッ、可愛いな〜君は。そうやってとぼけて男を翻弄させる気かい?一度として君は応えてくれた事が無いからね……でも、今夜こそ来てくれるだろう?」
(……何?一体何の話をしているの?)
混乱する私に部長は自分の名刺を渡す。
名刺の裏側には高級ホテルの名前と部屋番号が書いてあり、それを渡すと部長は私の傍から離れた。
名刺をポケットに仕舞い、自分のデスクへと向かいながら私は考える。
『今晩こそ』と言う事はきっと何度も誘ったと言う事だろう。
しかし多分、私はその誘いに乗っていないのだ。
今までそんな事、どんなに考えてもなかった。
そうして考えていて私は気づく。
そう、考えてみれば私の容姿が変わっているのに誰もそれに驚かない事がおかしいのだ。
(……容姿が変わったことで……私の周りの人達の思いも感情も全てが変化したんだわ……)
世界が変わるわけではない。
惨めな容姿の私が居た頃の会社、周囲の人々、街の風景ではあるけれど、同じ人なのにその人の中の私の印象が変わってしまっているのだ。
(……これもあの不思議な店主の魔法なのかしら?)
どちらにしてもそちらの方が都合が良いには違いない。
行き成り、劇的に容姿が変われば、整形だろうなどと騒ぎが起こるに決まってる。
そうならないのであれば、それにこした事は無い。
ポケットに手を入れて部長の差し出した名刺を見て私はフッと笑った。
あんなに私にブスだの汚いだの言っていた部長が、私を誘ってきたのだ。
それも、こんな高級なホテルの一室に。
(そうよ……やっぱり人間は見た目なんだわ……)
私はただ、嬉しく、生まれ変わったような気分で口元に笑みを浮かべていた。

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