十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 15

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生まれてはじめてのフランス料理のフルコース。
店の奥にある、特別な個室。
2人だけの空間。
私は豪華な食事の味すら覚えていないほどに舞い上がって、時間は過ぎていく。
勿論、そんな様子は見せることはしない。
少し手の届きそうで届かない存在。
そう見せるほうが何倍も良いって事を自然と私の思考は知っていたから……
食事をして、何かしらと誘いの言葉をかけてくる男をニッコリ、笑顔であしらった私は、電車に乗って家に帰ってきた。
玄関に入り、鍵を閉め、扉に背中をもたれかけさせて真っ暗な天井を見上げる。
夢……
私にとってずっと夢だった出来事。
「でも……夢じゃないんだわ……」
そう、夢じゃない。
コレは現実。
昔の私であれば相手にもされない、いや、存在すら確認してもらえなかっただろう。
電車でも、商店街でも、すれ違った男性は必ずもう一度振り返った。
視線を感じる程に私をゾクゾクとした感覚が襲う。
ホゥ……
私は一度大きく深呼吸をして、玄関から2DKの部屋の方へと歩いて、ふと立ち止まった。
日頃、一度も点滅したことの無い、家の電話の留守録が赤く点滅していたからだ。
たった、それだけの事なのに嬉しいと思うのは今までの生活のせいだろう。
電気をつけて、電話に近づき、ボタンを押した。
『……4件です』
機械の音声はそういって、録音されたものを再生していく。
1、2件目はあの部長から。
まだ来ないのかと言う催促と、今日は諦めたと言う伝言。
3件目は先ほど一緒に居た男。
付き合ってくれて楽しかった、今度は僕の部屋でという感想と誘いの伝言。
メッセージを再生しながら私は着替える。
口元にささやかな微笑を浮かべ、豪華なドレスを脱ぎ捨てて、いつものボロ布のような洋服に身を包み、機械に録音されたその声にすら、私は高飛車な態度をとっていた。。
4件目……
始めに「あの……いや、ごめん」そういったまま、暫くしてガチャンと電話は切れてしまう。
「……何?」
何だか聞いた事のある声に、私はもう一度、4件目のメッセージを聞きなおした。
本当に小さく呟くように言うその伝言の声に聞き覚えはあるものの、何度聞いても私はその声の主を思い出せず、首をかしげる。
「確かに……確かに聞き覚えがあるんだけど……」
聞き覚えがあると言うだけなのに、なぜか私の頭の中に、そのことはとても引っかかった。
「あの……いや、ごめん」
歯切れの悪い、そして私に対して謝罪の言葉を言うメッセージの内容も気になっていたが、それよりも、この声の主を思い出せない事がとても気になっていた。

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