十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 16

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携帯電話の目覚ましが鳴り響いて私は目を覚ます。
ベッドの端に腰掛け、大きく伸びをしてから起き上がって洗面所に行き、鏡を見た。
「……魔法はまだ効いてるのね」
昨日の夜。
コレで眠って、朝、目が覚めて魔法が解けてしまっていたらどうしよう。
そんな事を考えていて眠るのが少し怖かった。
でも大丈夫。
今鏡の前に居て、鏡に映る私は美しい。
ニッコリ鏡に微笑んで、私はいつもの……でも、いつものではない身支度を始めた。
何度も何度も鏡を見る。
朝の身支度でこんなに鏡を見ることなんて今まで無かった。
相変わらず、この容姿に不似合いな、汚い着古された洋服しかなかったが、その中からまだましだと思えるものを引っ張り出して着た。
昨日は結局、電車に乗って帰ってきた時間には駅前の商店街はとっくにしまっていて、洋服が買えず仕舞い。
「今日は、誘いを断わって洋服を買わないと……」
そう呟いて私はフッと自分のことばに笑った。
誘いを断わって……もう、私の中では誘いがある事前提となっているのだ。
「やっぱり人間は容姿なのよ……そう、容姿なの」
自分の言動に少し優越感を覚えながら、私はコートを羽織って家を出る。
同じ会社までの道、同じ電車、同じ風景……
そう、何の変わりもないはずなのに。
ただ、私の容姿が変化しただけなのに。
全てが輝いて見え、そして、私の背筋もピンと張っていた。
背中を丸めて小さくうずくまり、俯いて歩いていた私など、何処にも居やしない。
(……すがすがしい)
人ごみが嫌で、いつもそんなに混雑のしない各駅停車の早めの電車に乗る。
混雑がしないといっても、やはり通勤電車には違いなく、ギュウギュウ詰めの満員電車ではないもののそれなりに、自由の利く程度に混雑はしていた。
いつものクセでつい、人に囲まれる事の無いドア付近に乗り込んだ私は、思わず「あっ!」と小さな声を上げてしまう。
(……ち、痴漢だわ)
左側から伸ばされたその手は、私のお尻を撫で回していた。
右側にはドアがある。
ビクンと体を揺らした私から逃げ場を奪うように、私のお尻を触っている手の人物は、自分の体を私に押し付けてきた。
痴漢をされるってどんなものだろう?と考えたりした事もあったけれど、実際、自分の身にふりかかってみれば、それは、怖さしかない。
頭の上から聞こえてくるのは、妙に興奮している男の荒い息遣いで、私は恐怖もあり、実際身動きがとれないと言う事もあって、男の手になされるままになっていた。
(ど、どうしよう……こういう時ってどうすればいいの?)
ただ小さく震えて、目をギュッと閉じていた私の体を、胸に向かって手が忍寄ってくるのを感じる。
(嫌!……や、止めて!)
よりいっそう、体を固くしたとき、私の体を這いずり回っていた感覚が消え、私と、痴漢との間に何かが割り込んできたのが分った。

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