十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

仮面屋 8

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カラン、コロン……。
仮面屋のドアベルが鳴り響き、椅子に腰掛けて本を読んでいた仮面屋は、チラリと視線だけをドアの方に向けた。
「仮面屋……、アンタも悪い男だねぇ」
そう言って仮面屋の入り口を開けて入ってきたのは十字街の石屋。
膝裏まで伸びる、まるでブラックオパールのように深い、緑色の中に怪しげな輝きがある濡れたような長い髪の毛を揺らし、化粧っ気の無い顔の一重瞼で切れ長の瞳に笑いを浮かべた石屋の女は、勧められてもいないのに仮面屋の男の隣の椅子に腰掛けた。
その様子を目だけを動かしてみていた仮面屋はパタンと読んでいた本を閉じ、組んでいた足を戻して仮面でないほうの右半分の顔でニッコリと愛想笑いをして言う。
「おや、いらっしゃい……。来た早々に、相変わらず失礼な方ですね」
「失礼? おやおや、どの口がそういうのかねぇ? 悪い男は悪い男だろう?」
「ホホホ、私は貴女ほどじゃないですよ?」
「フン、お言いでないよ……」
互いに顔に浮かべた愛想笑いとは裏腹にその瞳の奥の輝きは鋭く、相手の態度を窺っていた。
「……で、今度の子はどうするつもりなんだい?」
「そんなこと……。貴女に言うわけが無いでしょう?」
「ククク、そりゃそうだ。我等は住人であって、仲間では無いからね」
「……それに」
「ぅん?」
「貴女は人の客を取って行かれる。その様な人に言うはずも無いでしょう?」
「別に私がそうしようとして、そうしたんじゃないよ。そうしようと思わなくとも、そうなったんだ」
「なんとも。勝手なご言い分で……」
仮面屋が右側に含み笑いを浮かべ、左の側の仮面はなんとも苦々しい顔つきで石屋を眺めると、石屋はその表情に艶笑で返事をし、ゆらりとその艶やかな顔を仮面屋の顔の目の前に持って来る。
石屋の体の動きで揺れた空気に仮面屋の嫌いな白檀の香りが含まれて、左の仮面は更に眉間にシワを寄せて顔を歪ませて嫌がったが、右の顔は見つめてくる石屋の顔を薄ら笑いで見返した。
「何か?」
「別に……。フフッ、いつ見てもアンタの顔は綺麗だねぇ」
「……用が無いのであればお帰り頂きたいね、私もそう暇じゃない」
「あぁ、そうだった。黙々と読書に勤しまねばならぬものな……。まぁ、今回はどうやら私のお客にはなりそうも無いようだしねぇ」
ニヤニヤと独り笑いをする石屋を相手にする事無く、仮面屋はゆっくりと優雅に足を組んでそっと本を開く。
その様子を見て詰まらなさそうに石屋は溜息をつくとワザと音を立てるように椅子を床にこすって立ち上がり、ピクリと仮面屋の耳が動いたのを見て楽しげに「おや、失礼……」と言って入り口へと歩いて行く。
ドアノブに手をかけて振り返らずに仮面屋に声をかけた。
「また、本屋も交えて皆でBARで酒でも飲もうじゃないか」
「……」
「ククク。まぁ、いいさ」
カラン、コロン……。
背中からの無言に石屋はその場で微笑んでドアノブを回し、店を後にした。
開け放たれた扉が自然にゆっくり戻ってパタンと閉まると、仮面屋は視線を扉の方に向けて微笑する。
「……全く困った方だ」
それだけ呟くと、仮面屋は再び無表情で手元の本を読み始めるのだった。

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