十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

仮面屋 9

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久しぶりに……、といっても私にとっては昨日食べた記憶のある母の作った夕食が始まる。
「学校はどう?」
とか
「もうねぇ、職場の若いのが……」
とか……。
いつもの会話であって、他愛のない話。
でも、私には母が次に言うであろう言葉を予想できる昨日の会話だ。
(訳が分らない……。どうして私はコレを昨日の事と思うんだろう? しかも、思うだけじゃない、知っている。一言一句間違う事無く。気持ち悪い……。自分で自分が気持ち悪いわ)
私の胸の中には言いようの無い不安が広がって、心臓がドキドキと早く鼓動し始めていた。
そんな不安を悟られないようにと懸命に私はいつもの笑顔でいつもの会話の返事をしていたが、何故か母の表情が曇っていく。
(ど、どうしたんだろう? 私、何かおかしいこと言った?)
少し曇った母の顔は私の昨日の記憶には無い顔。
一体どうしたんだろうと思ったまま夕食の時間が終り、私はいつも通り、食器洗いを手伝って、宿題をする為に自分の部屋に行く。
食器を洗っている時、母は何も言わなかった。
(いつもなら職場の愚痴のオンパレードなのに)
私が部屋に行く時も何も言わない。
(いつもなら勉強シッカリねという、いかにも母親らしい言葉をかけてくるのに)
部屋の扉を閉めて、勉強机に宿題を出しながら私は思わず独り言を呟いた。
「どうしたんだろう? 何かしたかしら……、私」
<いいえ、してないわ>
「え? また……?」
さっき、帰ってきたとき、玄関前で聞いたあの不思議な声がまた私の頭の中で響いた。ハッキリと。
何なのか、叫びそうになった時、リビングから母の私を呼ぶ声がした。
「鈴! 鈴!」
母の呼び声に私はとりあえずその声について考えるのを止め、返事をしてリビングに行く。
リビングのソファーに座っている母が私の姿を見て、少しビクッとして少し戸惑いながら私に言った。
「鈴、悪いんだけど、母さん、ちょっと今度の土曜日だけど、仕事が入っちゃったのよ」
母はこの土曜日にある私の部活の試合を見に来てくれると前々から約束していた。
でもそれが、仕事の為に無理だと言う。
いつもそうだった。
参観日も、運動会も……。一度として見に来てくれたことなどなかった。
いつもいつも仕事で。
でも、分っていた、それは私の為で、私を育ててくれる為……。だから、ワガママなんて言ったことなかった。
分っていたから……。
「しようがないのよ。分ってくれるわよね? 鈴?」
(そう、分っていた。ううん、分ろうとしている……、そう分って……)
<本心で?>
「……鈴?」
「あぁ、ごめん……。うん、仕事だもんね……、しかたないよ」
<本当に?>
(そうよ……、しかたが無いのよ。本当にわかってるわ)
<嘘つき!>
納得しようとしている私の頭の中で繰り返し繰り返しその声は「嘘つき」と木霊のように響かせる。
(止めて! 嘘じゃないわ! 嘘じゃ……)
そう否定しようとした私は徐々にその言葉に侵食されるように否定の考えが、否定の叫びが小さくなっていく。
(嘘……、なの?)
私の考えが声に引きずり込まれていく中、母が言った。
「そ、そう! わかって……、くれたのね……。鈴?」
母の言葉は始めは安心したように言ったが、徐々に口篭っていき、最後には私の名前に疑問符をつけた。

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