十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

仮面屋 30

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「さて、最後の質問です」
最後の質問……。
まだ、私にはこたえなければならない事があるようだ。
私は店主の口元を見つめ、店主の口の端が動き出すのを見守った。
「貴女は幸せだと思いますか?」
店主の口が動いて出てきた言葉は思いもかけない言葉。
私はてっきり仮面の事かそれにともなう事かと思っていたのだが全然違って少々驚き、そして考え込んでしまった。
だって。【幸せ】かどうかなんて……。
「どうしました?」
「……私にはその答えはとても答えられそうにありません」
「おや? そうですか?」
「えぇ、だって、自分が幸せかなんて、今の私には全然分らないし、それを答えていいのかも分かりません」
私は今の素直な気持ちをそのまま言った。
【幸せ】だと頷いてもよかった。
でも、それは違う様な気がした。
(私にとっての幸せって何かしら?)
そう頭の中に思いついてしまったと言うことは幸せだと言い切ってはいけないような気がしてしまったからだ。
私の答えにきっと店主は苦々しい顔をするかもしれない。
もしくは残念そうな顔をするかもしれない。
でも、それが私の答えだから仕方が無い。
俯いた私に店主が声をかけてきた。
「それは上々……」
「え?」
店主のささやきに私が驚いて顔を上げると、店主は白い仮面に笑顔を浮かべ、もう一方の顔は無表情に私に手を差し伸べた。
「恐れ入りますが、御代をいただきたく思います」
「あ、えっと……。お、御代って?」
「貴女の仮面の代金です。ココは仮面屋……、仮面の御代をいただきます」
「あ、あぁ、そっか……」
急な店主の申し出に、私が慌てて財布を出そうとすると店主は首をゆっくりと横に振る。
「お金は要りません」
「で、でも……。御代って」
「当店の御代はお金ではなく、貴女の中にある仮面を1ついただきます」
仮面を一つ……。
そういって店主の右手が私の顔を前方からがっしりと鷲掴みにした。
「っ!」
店主の指が私の顔の中にめり込み、滑り込んでいくのを横目に見ながら私は思わず叫び声をあげそうになったが、あまりの出来事に声にはならず、私は店主になされるまま体を固める。
痛みは無い。
手首の辺りまで私の顔の中に入り込んでいったその手は暫くして徐々に引き抜かれていった。
引きぬかれたその手には私の陰気に歪んだ恨めしい顔が……。
「そ、それは……」
「美しいでしょう?」
うっとりとその仮面を眺め、クククと笑いを浮かべる店主に思わず背筋がゾクリとした。
妬み、恨み……、全ての負の感情がそこにあるかのように歪みきった私の厭らしいその顔が美しいと、店主はそういうのだ。
「御代は……。本当にそれでいいんですか?」
私は震える声を何とか押さえ込んで店主にそう聞くと、店主はニッコリ微笑んで頷く。
「えぇ、私はこの仮面が欲しかったのです。貴女のような良い子の奥底にある妬みの仮面……」
「妬みの……」
そんなもの、何処がいいのだろう? そう思っているとまるで、その考えを見通したかのように店主は口の端をにんまりと引き上げて「大切さが分るのはこれからです」と小さく呟き、左のポケットから小さな小瓶を取り出した。
私は思わず身構えたが、店主はそんな私の行動をニヤッと笑って眺め、小さな小瓶のふたを開ける。
透明な紫色で、香水でも入っているような小瓶からは小さなキラキラと赤く光る粒が飛び出し、風に乗るように私を包み込んだ。
「こ、これは……」
私の問いかけに答えは無く、私はその赤い光の粒に包まれるほどに意識が薄くなっていくのを感じた。
「一体……、な、に?」
ニヤつく店主の口元が見えたのを最後に、私の意識は完全にその場、その時間から途切れてしまった。

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