石屋 4
異様な様子の部屋だったが、今の俺の目に映るのは美しい女ただ一人。
俺の心臓は既に早鐘のようにドクドクと鼓動を刻んでいた。
(こんな美女、初めてや)
背凭れにもたれかかり、腕を組んで左手の平を鼻から口にかけて覆い隠すように当てる。
はじめての感情に珍しく俺は動揺している。それは確かだった。
だが、それを女に悟られてはいけない。……いや、悟られたくは無い。
手のひらの中で俺はゆっくりと深呼吸をした。
三度目の深呼吸が終わった時、女の濡れた桃色の薄い唇が動く。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ?」
女に言われ俺はあぁ、そういえばと思い出す。
この部屋の中に入ったときも女はそういって俺を迎えた。
(ココは店か?)
「えぇ。お店です」
「え?」
俺の心の声に女が応えて俺は驚く。
驚きの声と共に女を見つめた。
ニッコリ、たおやかに笑う女。
超能力者でもあるまい。第一、人の考えを読むなんてそんな事、できるはずが無い。
心の中で考えたと思っていたが、思わず口に出てしまっていたのだろう。
(そう、そんな人間離れした事、できるはずが無いやんか。馬鹿馬鹿しい)
フッと俺が失笑したとき、女がニヤリと不気味に笑った様な気がした。
「お店ってココが?」
「はい。私はこの店の店主。この店は石を売っております」
「石?」
女の答えに思わず首を捻ってしまった。
石。
石なんか売ってどうしようって言うんだ。
そう思ったとき、ふと教授の部屋で女子が話していた内容を思い出した。
『あ、何処で買ったん? そのストラップ〜』
『駅前のパワーストーン売ってるお店』
『あそこか〜。私もあそこで恋愛向上の石のキーホルダー買ったで』
パワーストーン。
宝石や貴石と呼ばれる石に特殊な力があるって言われて、良く店とかで売ってるヤツ。
あれと一緒か?
「石ってパワーストーンとかそういう類の?」
「クスクス、そうだとしたらどうです?」
女はまるで俺を試すような言い方をする。
多少癪に障るが、この女に言われ、女の顔を見るとそのムカつきもおさまった。
「押し売りで無いなら、見るくらいはエエけど買うのは勘弁して欲しいな」
「占い、迷信、オカルトの類がお嫌いなのね」
「否定しているわけやないけど、あまり信じようとは思わん。そんなものに振り回されて生きていくなんて馬鹿のすることや」
俺の言葉に気分を害するかと思った女は嬉しそうにニッコリ微笑んでスッと椅子から立ち上がり、ゆっくりと俺の方へ近づいて、そっと左肩を首筋からなぞるように細くて白く長い左指を這わせる。
「そうね、貴方の言う通りだわ。そんなものに振り回されるなんて馬鹿のすることよ……」
「あ、あぁ、そうやろ?」
何とか返事をしたものの、俺の意識は彼女の指に集中する。
左肩には左手の、右肩には右手の指があり、ゆっくりなでられる感触は服の上からでもその存在が良く分かった。
何度か肩の上を行き来したその指がスゥッと肩から前へ滑り落ち、俺の鎖骨を通って胸の前で交差し、女の息遣いを耳元で感じる。
「でも、たまにはそんな馬鹿になってみない?」
「え?」
胸の前で交差された腕にギュッと締め付けられ、肩甲骨辺りに感じる女の胸の感触と、耳元で囁かれる女のハスキーな声に、俺の頭は冷静に考える事が出来なくなっていった。
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