十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

石屋 5

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ゴクリ、ハァ、ハァ……。
自分の息が上がっている。
心臓が言う事をきかない……。
「ば、馬鹿に……。し、しかし、そんな事あるわけ……」
あるわけない。
そういいきろうとした瞬間、女の右手の指が唇を塞ぎ、言葉をつむぎださせなくなってしまった。
俺の口を塞いだ女は耳元で言う。
「ウチの店をその辺にある雑貨屋と一緒にしないでね。ウチの店の石は貴方の願いを必ずかなえるのよ」
必ず……、そんな事が本当にあるだろうか?
「どう? 契約してみない?」
「け、契約……。うぐっ!」
質問をしようとすれば女が口を塞ぐ。
「契約をするかしないかは貴方次第。このまま帰ってもいいわ。ただし、契約をせずにこの店を出た場合、もう二度とこの店と巡り合う事は無い。十字街の他の店に立ち寄れるかもしれないけれどこの店はダメ。それでも良ければお帰りなさい……」
女はそう言うと口を塞いでいた手をはずす。
女の両手が俺の体を確かめるように服の上で揺れ動き、耳元で女の息遣いが聞こえてくると、俺はもう深く思考する事は無くなった。
俺の中の考えは一つ。
<この女に二度と会えなくなるのは嫌だ>
「け、契約を……」
「え?」
「契約をする」
俺の言葉に女の手の動きは止まり、吐息を聞かせるように耳にくっつけていた唇がゆっくりと動く。
「ありがとうございます。……嬉しいわ」
女の声が俺の耳の中で何度も反響していた。
【契約】……。
約束を交わすこと……、また、その約束。
俺はこのとき、この契約と言うものが何なのか余り深く考えてなかった。
ただ、この目の前の女。
この女に会う口実が欲しかった。それだけだった。
妖艶で、俺に体を密着させてその体温を感じさせておきながら、俺が手を触れようとすればスルリと逃げる。
<からかい>
<惑わし>
<疑念>
そんな言葉も頭に思い浮かんでいた。
思い浮かんでいたが、それはとても小さく、「欲望」という言葉の前では全てがかき消されていった。
「……では、契約を結びましょう」
女は俺からまるで名残惜しそうに最後まで手を俺の体につけたままゆっくりとその体を離し、そして、店の奥へと消えてく。
まだ背中に残る女のぬくもりと香りが俺を小さく震わせた。
(……エエ匂いや、もう何者であろうとも構わへん)
女の足音が店の奥から聞こえてきて、俺は足を組み、肘掛に肘置いて、左手で口を押さえる。
やはり俺も男だった。
想像は俺の息を荒くしていたのだ。
そして……。
俺の勘が囁いていた。
(この女は男慣れをしている。……危険だ)
そう頭の中で囁いていた。
(悟られてはいけない……。飲まれれば終わりだ。飲み込まなければ)
瞳を閉じて、女が近づく気配を探ると、椅子が引かれ、布のすりあう音がその椅子に腰掛けたと物語って、俺はゆっくりと瞳を開けた。
「クスクス、眠くなったかしら? そんなに待たせたつもりは無いんだけど……」
「いや。アンタの気配を感じてただけや。気にせんとって」
「あら、私の気配を? どうして?」
女は唇にニッコリとした微笑を宿しながらもその目は俺を見据えて、ニヤリと笑っている。
素直に応えればこの女の思う壺だ。
俺は目をそらさぬよう、かといって胸の鼓動を悟られぬようニヤリと笑って女に言った。
「それ以外やることないやんか。この店、何も無いねんから」
「フフッ、そうね。言われてみればそうだわ。でも、残念……」
「残念? 残念って何やねん」
「いえね、私をそこまで待ってくれていたのかと少し期待したんだけど……。違ったみたいで残念」
「……うぬぼれんといてや」
何とかそういったものの、内心、気が気ではない。
頭の中では警告音が鳴り響いている。
しかし、心臓では欲望が鼓動を高鳴らせている。
女の笑みは全てを見通すようで、俺は女の言葉一つ一つにドキドキとしていた。

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