十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

石屋 25

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数ヶ月の入院の後、声以外の後遺症は全く無く、俺は退院した。
そして、俺は誰に何を告げることも無く姿を消すように大学をやめ、母親の兄である伯父さんの所に身を寄せ、毎日を送っている。
入院している間中、嵐が尋ねてきては大学の授業内容とノートを残していった。
京子も毎日やってきては花を換えたり食事を手伝ったり、世話をしてくれた。
だが、俺はその行為に感謝はしていたが喜びや嬉しさは感じず、全てが苦痛だった。
日ごとに体が回復していく中で俺は自分自身が失ってしまったものが何なのかその全てを理解していた。
女に持って行かれた俺の5つの心。
それが無いことで俺は冷静に自分自身を見つめるようになっている気がする。
俺は一番が好きだった。
認められる事に喜びを感じていたし、褒められるのが好きだった。
どんな事でもどんな内容でも一番に!俺を褒めてくれ!褒めるんだ!!
そんな思いが俺を占領していた。
そう、女の言う通り俺の中は【無限の欲望】と【ひねくれ歪んだ思い】が入り混じっていたんだ。
「お〜ぃ!秀雄!!そろそろ昼飯にするぞ〜」
伯父さんの声に俺は作業の手を止め、大きく手を振って応えて伯父さんの方へと向かう。
田んぼのあぜ道に広げられたゴザの上には昔懐かしい大きなやかんと、弁当箱。
弁当箱を開ければ、素朴な白いおにぎりにたくあん、卵焼きが入っている。
「さぁ、しっかり食べんさい」
そう言って、やかんからお茶を注いで手渡してくれる伯母さんに両手で合唱して体全体でお礼を現せば、伯母さんは笑顔で応えてくれる。
言葉がなくなって、俺は自分の気持ちを体で示ようになり、その分、言葉を発していた時よりも素直に全てが表現できるようになったと思う。
「コッチに来て大分と経ったし、農作業にも慣れたか?」
伯父さんの言葉に俺は苦笑いを浮かべて首を横に振る。
「なんや、まだ慣れへんのか〜」
「そりゃそうやろ、今までお勉強しかしてこんかったのにそう簡単にはいかんで」
「まぁ、そりゃそうかもしれんな〜。秀雄を預かってくれって言われた時はどうなる事かと思ったが……」
退院が近づいた時、母から俺は伯父さんの所に預ける事にしたからと突然言われ、俺はその決定に黙って頷いた。
教育一筋の母にしてみれば、恐らく今回の事は汚点に違いない。
兄弟の中でも出来の悪い俺が益々出来が悪くなったんだからどうされようと仕様が無いと理解し、それにその申し出は俺にとっても都合が良く、素直に受け入れ、伯父さんの元へとやってきた。
(きっと、迷惑だったんやろうな……)
コッチに来てから、伯父さんには怒鳴られ続けていた。
だが、昔の俺なら当然不満の言葉を吐き出していたはずなのに、今は不思議と素直にその言葉に頷ける。
どうなる事かと思った……そういった伯父さんは申し訳なさそうに俯く俺の肩を力強く叩いて言った。
「お前が来てくれてよかった。これからもココでずっと居ろ。な?」
思いもかけぬ言葉に驚いて伯父さんの顔を見た後、伯母さんの顔も見る。
2人ともコレでもかと言う程の笑顔を俺に向け頷いた。
自然と涙が頬をたどっていた。
声が出ない、そういわれた時にすら出なかった涙が溢れてとまらなかった。
(あぁ、俺はまだ泣けたんだ……)
俺の涙に、伯父さんは慌てて、伯母さんはタオルを差し出して俺の涙をふきながらギュッと抱きしめてくれる。
その温かさに俺はふんわりと心の中で、まだ残っていたのか、一つの感情がドクンと大きく鼓動していくのを感じた。
(全てがなくなったわけじゃない。俺は今こうして生きているじゃないか……そうだ、俺はココからもう一度やり直そう……)
涙をふいて、伯父さんと伯母さんに笑顔で応えて深々と頭を下げる。
そう、俺はココからもう一度やり直す。
今までの俺では無い俺になる為に。
女が与えた俺への挑戦状。
改めて俺はその挑戦状を受け取った。

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