十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

石屋 26

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カラン……
「これはこれは、お客さんだね……いらっしゃい……」
――ドアベルの音に、扉に背中を向けたまま女は言う。
しどろもどろする客に、腰を曲げていたはずの女はスッと背筋を伸ばして妖艶な笑顔で振り返った。
「フフフ、そんなに心配そうな顔をしなくても、ココはお店……。雰囲気が暗いからって怯える事は無いでしょう?私は人工的な光が嫌いなの。見て?美しいとは思わない?暗闇の中で自らの光を放つ石達の輝きは。電気なんかつけてごらんなさい、折角の石の光が台無し」
――暗い店内をキョロキョロ見回す客に女はスッと手を掲げて奥に設けられた椅子へと案内したが、客は入口あたりで二の足を踏んだ。
「入るも入らないもアナタの自由。良いのよ、このまま帰っても。ただし、この店は一度入った人は契約をしない限り2度と訪れる事のできない店。それでも良ければお帰りなさい。……いいえ、パワーストーンなんてものと一緒にしないで欲しいわ……ココはね、ただの石屋。でも、ただの石屋じゃない」
――誘われるように椅子に座った客は目の前の机に置かれたキラキラと美しい光を放つ4つの石を眺めて女に聞いた。
「綺麗でしょ?コレは最近入荷した私の宝物。あぁ、ごめんなさい、コレは売り物じゃないのよ。そう、売り物じゃないの……本当は5つこの店に来る予定だったんだけど」
――女は4つの石を左右交互に自分の手の平に乗せて、その光の反射を楽しむように赤い口紅の塗られた薄い唇の端をゆっくりと上げ、うっとりとした表情を見せる。
「そう、5つだったの。でもね、ちょっと特別サービスをしちゃってね……本当に特別。1つだけ、返してあげたのよ」
――首をかしげる客にニッコリ女は微笑み返した。
「少しね、仏心が出ちゃったのね。あまりにも可哀相な人だったから……何を返したかですって?決まってるでしょう?石よ。石を1つ返したの……今の彼にとって一番大切な石、ありのままを受け入れ、ありのままを返す事のできる石をね」
――そう言った女は1人考え込むように4つの石を眺める。
(私に生命の、命の決定権は無い。彼は生き返る予定だったのよ……声をなくしてね。私の特別サービスは石を1つ返した事……最も大切で最も重要な彼の意思。愛情を返しただけに過ぎない。ま、彼はそう思ってはいないみたいだけれど、それを否定する理由も私には無いわ)
――ゆっくりと壁際に歩き出した女は、壁に設けられた大きなガラスケースの中に輝く石を1つ1つ丁寧に並べて飾った。
そして、少し振り向き加減に未だキョロキョロと店内を見渡す新たな客にそっと視線を走らせた。
「この店を、頭で、目で見えた範囲で理解しようと思っても無駄よ。理解など出来るものでは無いわ」
――妖艶な笑みを浮かべた女は客の目の前にある椅子に腰掛け、そっと足を組む。
スカートに深めに入ったスリットからは女の白い肌が見え、客はゴクリとつばを飲んだ。
「ようこそ、十字街の石屋へ。ココはアナタの意思を……望みをかなえることのできる店。えぇそうよ、どんな望みでも叶うわ……ココはそういう店なのよ」
――眉間に皺を寄せて怪訝な顔をする客に、女はスッと席を立って客の後ろに回りこみ、そっと肩に両手を置いて耳元で囁く。
「契約をするもしないもアナタの自由。ココで契約してアナタは己の願望を叶えるか……それとも、契約せずにそのまま帰るか?さぁ、アナタはどちらを選ぶのかしら?」
――赤い唇から紡がれるその言葉は客の耳にまるで呪文のように流れ込んでいた。
……そして、どんな石を私にささげてくれるのかしら?……
女の吐息と囁きに店中の石となった意思がキラキラと輝いて揺れていた。

〜石屋 Fin

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