十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 6

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パチィン!
彼の指から出た音は空間を揺らすようにこの店中に反響し、私は木霊するその音に思わずグッと目を閉じる。
明らかに何かが始まるような、そんな予感がしたから……
そして、その合図に、突然、音も地面が揺れるような感覚も無いまま、床から無数の大きな長い鏡が現れ、私と彼のいる机の周りを囲う。
私の身長よりもずっと高く、店の天井に届くんじゃないかと言うほどの長さと、私の肩幅程度の横幅をした、大きな姿見は何枚も私達の周りを囲み、その中に数え切れないほどの私の姿があった。
複数の、そして様々な角度からの合わせ鏡の世界。
ゆらりときらめく空間で、クラクラと頭がふらつくような感じに襲われながら私は呟く。
「……嫌」
小さく呟いたはずのその言葉は囲まれた空間の鏡に跳ね返されるように反響し、彼は私に聞いた。
「何が嫌なんです?」
「見たくないの……見たく無いわ……自分の姿なんて……」
私の呟きにフワリと彼は私から離れた。
(……呆れるわよね。自分の姿が見たくない女なんて……)
でも、私は見たくも無かった。
自分の姿は誰に言われなくても自分が良く知っているし、何よりも他人に指摘され続けている。
そんな姿を今更この何枚もの鏡に映すなんて……。
色黒で、元々肌の色が褐色がかっている私は、どんなに日に焼けないように気をつけても、透き通るような肌にはならなかった。
化粧のやり方がわからないから教えてもらうつもりで行ったデパートの化粧品売り場。
にこやかに笑う彼女達はそれは綺麗だった……でも、そこの店員は私に見えないようにした上でクスリと笑う。
面と向かって笑われるよりも、こちらをチラリと見た上で陰で笑われる方が数倍傷つく。
私はいつでもその光景を見れば「もう、いいです」とその場を後にしていた。
綺麗になどなれない。
元が悪ければどんなに何をしようともどうにもならない。
そんな事……百も承知だけれど……でも……
……綺麗になりたかった……
ボンヤリとキラキラ反射する光の中で私は俯いて考え込んでいた。
そしてふと、そういえば彼が何も言わない事に気が付く。
顔をあげれば鏡の中の私も顔を上げた。
無限とも思える数の私がそこに居る……だが、彼の姿はない。
立ち上がった私はクルリと1周、周りを見渡す。
同じように鏡の中の私がさまざま方向を見渡している。
「……ミラーハウスね。どれが私でどれが私ではないのか。わからなくなるわ……」
口の端に少し嘲笑うような微笑を浮かべて私が呟くと、何処からとも無く反響するように彼の声が聞こえた。
「そう、ココにいるのは【貴女】であって【貴女】ではない……」
「え?」
「貴女はココに映っている自分を現在の自分だと思っているのでしょう?」
「……だって、これは【鏡】でしょ?」
「そう、これは【鏡】。でも、ただの鏡ではない……これは現在から過去未来までを映し出す、貴女の人生と貴女の時間の鏡……」
「私の……人生?」
「えぇ、そして、この時間軸では無い貴女の人生をも映し出す……」
「ご、ごめんなさい……言っている意味がわからないわ」
私の頭の中は完全に混乱していた。
クスクスとそんな混乱する私を楽しむように彼の笑い声が聞こえ、彼は言う。
「言葉で聞くより体験した方がずっと良く分るよ……」
「体験?体験って何?」
「鏡に近づいてごらん」
彼の声に導かれるようにして私はゆっくりと席を立ち、私の周りを取り囲んでいる鏡の1つに歩み寄った。

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