十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 8

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ジリッと……思わず後ずさってしまった。
にこやかに手を振る私がなんだか怖くて、逃げ出したい衝動に駆られて……。
ゆっくりと後ろに下がる私の背中にトンと何かがぶつかる。
「また、逃げるの?」
頭の上から聞こえたのは彼の声。
鋭い彼の声に私は足を止めた。
「……こんな事……目の前にしてすんなり受け入れるほうがどうかしてる……」
「フフ、そりゃそうだ」
私の言葉に笑って頷いた彼は私の肩を後ろから掴んで私を前へと押す。
無数の机といすの中で、誰も座って居ない椅子に私を連れて行き、彼は前方に回っていすを引くと、私に座るように促した。
(……そうね、もう逃げられないんだわ。彼の言葉に、彼の行動に従うしかない。だから今は座るしか……私には選択肢が無い)
その場所に腰掛ければ多方面から私自身の笑い声が聞こえてくる。
(不思議な感じね。自分で自分の笑い声に嫌悪感を持つなんて……)
フッとついた私の一息を彼は見逃さなかった。
「……どうしたの?疲れた風な息を吐くね」
「どうしたの?……そう聞くほうがおかしいんじゃないですか?この状況に溜息をつかない人が居るはずないもの」
「そうでもないよ。喜ぶ人も居る」
「嘘……居るはず無いわ」
「ううん、居るんだよ。自分が好きで自分に囲まれた状況を喜ぶ人もね……人間はだから面白い」
楽しそうに笑う彼の笑顔が無性に腹立たしかった。
別に私を馬鹿にしているわけでは無いことは十分分かっている。
その微笑が私に向けられて発せられたものでない事も。
でも私はムッとし、私が彼の言葉に反論の言葉を発しようとした時、彼はゆっくり立ち上がり、私の目の前に三面鏡を突き出した。
「喜怒哀楽……そんな4つの言葉だけでは括り切れないほど人は様々な表情をする……そしてそれを鏡に映し続ける。やがて、鏡の中にはその時その場所に居た彼らが住み始める……」
三面鏡に映る私は全て違う私の表情。
笑い、泣き、悲しみ……そして私自身は怒っているのだ。
「私が……鏡を見たときのその時の私が今ココに居る彼女たちだと?」
「いいえ、貴女は殆ど鏡を見ていない……だからココの全てが貴女が作り出した貴女と言うわけでは無い」
「……意味がわからないわ」
「鏡はどの場所にもつながり、どの時間にも繋がっている。あなたが迎えた人生の局面……その時の貴女にもつながり、そして、進まなかった世界の道程にも鏡は存在する」
彼の言葉を理解するのはとても困難で、私の頭の中はこんがらがってきていた。
彼はそれを見透かすかのように私に言う。
「例えば……数年前、貴女が受けたテレビ局の就職面接。受かるか落ちるか……その2つの局面に立っていた貴女の今ココに居る貴方は面接に落ちた貴女。そして……」
彼がスッと手を上げるとそこに1枚の姿見程度の鏡が現れ、中から私とは思えないほどに綺麗に変身している私が現れた。
「彼女は面接に受かった道程での現在の貴女……」
「……そ、そんな事って……」
「言ったでしょう?どの場所にも繋がっていると……。ただし、今の貴女と彼女は全く同じと言うわけでは無い。彼女は別の時空、別の空間の人間だ。あの時間で分かれた2人はその後、出会った人物も歩んだ道も違う」
彼の言葉は……ううん、彼に言われなくっても私にはそのことがすんなりと理解できる。
だって、目の前に居る私は私であるけれど私ではなかったから。
微笑み立つその女性は私ほど醜くは無かった。

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