十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 23

イメージ


私がクスクス笑う鏡屋の彼をさらに睨みつけた時、鏡屋の目がキラリと輝く。
「契約書にサインを……」
「ちょ、ちょっと!交換条件があるんでしょ?その説明を……」
鏡屋の彼はそっと私の唇に手を当てて私の言葉を遮った。
「交換条件をお教えすることはできません」
「な!どういう……」
「アナタは既にその体を手に入れてます。それがどう言う事かお分かりでしょう?」
「……交換条件となっているものは既にアナタに差し出しているということ?」
「ご名答。その通りです」
「……もうすでに差し出している……」
「その交換条件をアナタに言ってもアナタはその体を捨てる事はしない。先ほどもそれは確認したはずです。つまり、アナタにとって、私がいただいたものはいらないものと言う事になる……知る必要も無いでしょう?」
私は黙り込んでしまった。
確かに、私はもうあの以前の私の姿に戻るつもりはさらさら無い。
だから、知る必要が無いと言われればその通りだと思う。
でも、何故か無くなった事が分かるとそれが何だったのか知りたいと思うのが人。
私は考える。でも……
この体の変わりに私が鏡屋に差し出したものが一体何なのか、皆目見当がつかない。
コレといって別に私の周りからなくなったものは無い。
洋服だって家具だって。
自分で捨てたものは沢山あるけれど、無くなったものなんて……
それまではなんとも思わなかったのに、無くしたと聞くと、何を無くしたんだろう?ととても気になる。
その場で黙り込んでしまった私に鏡屋の彼は笑顔を向けて言った。
「何をなくしたか……わかりませんか?」
彼の笑顔はとても挑戦的で、私の気分を何時だって逆なでる。
『わかりませんか?』そういいながら、彼のその顔は分かるはずが無いといっているようで、勿論、教えてやら無いとも言っているようだった。
私の心の中には黒い雲のような物が立ち込めて、モヤモヤとしたその雲は私を不安にさせた。
別にこの2ヶ月間、それが無くても十分すぎるほどに幸せな時間を過ごしている。
だから……そのことを思い出さなくても、そのことを気にする事も無いのに、なぜか私の頭はそれを必死で探していた。
「分らないようですね……そして、アナタはそれを知りたいと思っている」
「そして、アナタは楽しそうね……私が思い出せないのがそんなに楽しい?」
「楽しい?それは少し違いますね。ただ、状況を見守っているだけに過ぎませんよ」
「そうかしら?私が思い出せずにいる事を楽しんでいるように見えるわ……態々教えなくても良い事を私に教えて、困る姿を楽しんでる」
「フフフ、それはアナタの心、気持ち次第と言う事では無いですか?」
おちょくるように言う彼の言葉に私は眉間のシワを増やしていく。
「折角の美しい顔が皺で醜くなっていますよ?私はアナタに対して何も思っていません。つまり、楽しんでいるわけでも、アナタを見下げているわけでも、アナタを馬鹿にしているわけでもない」
「嘘。ずっとニタニタと私を見て、訳のわからない問いかけをして、困る姿を楽しんでいるようにしか見えないわ」
「それは、アナタの心がそう見せているのです。同じような笑顔でも歪んだ心で見ればそれは自分に対して嫌な感情の笑顔にみえる。逆に、素直な心で見ればただの笑顔にしか見えないはずだ」
「そんなこと……」
「つまりは、そう言う事なのですよ」
鏡屋は表情を一変させて厳しい顔で私を見て鋭い眼光を浴びせ、私はその視線にビクリと体を揺らした。

イメージ上へ
イメージ イメージ イメージ

web拍手 "

応援ヨロシクです♪
inserted by FC2 system