十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 27

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「さて、では契約をしましょうか」
「え?」
鏡屋はそういって、地面と平行に突き出していた腕を下げ、それにあわせて彼を映していた鏡もゆっくり下がって地面の中へと溶け込んでいってしまう。
私は当然のことながら、彼が私の大切なものである理由などを、話してくれるものだと思っていたため、急な鏡屋の変わり身につい声を出してしまった。
「……何か?」
「え……だ、だって、見せるだけなの?」
「見せるだけとは?」
「説明とか……私の大事なものがコレである理由とか……」
「ククク、なんとも、おかしなことを言う」
鏡屋は契約書の置かれている机の、2脚あるうちの1つの椅子まで、口元を手で抑えながら笑いを堪えるようにして歩いて行き、腰を下ろして足を組むとチラリと私を見て言う。
「私はその理由であり何なりをアナタに説明する義務はありません」
「で、でも、教えないとダメだって」
「えぇ、ですから、お教えしたでしょう?第一……」
鏡屋は瞼を少し閉じて、じっとりと私を見つめた。
その視線は鋭く睨みつけるものではないのにもかかわらず、私を狙って放たれようとしている矢先のように思え、私は身を震わせる。
「第一、アナタが言ったではありませんか。要らないと言ったから必要ないと。必要ないものをいまさら説明を受けてどうするんです?」
鏡屋の言う事は、もっとも過ぎて私は何もいえなくなってしまった。
必要ない……確かに私が発した言葉。
でも、それはそれがどんな存在であるか知らないからこそ言った言葉であって、それが人であり、しかも私が頭の片隅で気にしていた人物となれば説明をされたいと思うのが人では無いだろうか?
それに、私にはこの鏡屋がそれを楽しんでいるようにしか見えなかった。
決断した私に、惑わせるような事をして、その真は決して私には明かさない。
揺れ動いている私の心を弄んで楽しんでいる、そう思えて仕方なかった。
「……どうか、しましたか?」
鏡屋の優越感の中から発せられたその言葉に、私のプライドが対抗する。
鏡屋を見ることなく椅子に座って、契約書にサインを書き、鏡屋に向かって契約書を置きなおすとそのまま机を滑らせた。
「これで、契約成立でしょ」
「おやおや、宜しいんですか?その理由と言う説明をお聞きにならなくても」
「……要らないわ。アナタに弄ばれるのはもう沢山。サッサとこの世界から返して頂戴」
静かに落ち着いて言う私の声に、鏡屋はビックリするかと思っていたが、ニッコリと笑顔を浮かべて「わかりました」と言う。
(フン、全てお見通しと言うその態度が嫌いだわ)
鏡屋は微笑み、グレーの壁のグレーの空間に向かって手を叩いた。
音が響き渡る中、四角い光が現れ、光が収まるとその向こうに私の寝室が見える。
「さぁ、どうぞ。お帰り下さい。ごきげんよう、もう2度と会うことは無いでしょう」
「アナタと会いたいとも思わないから丁度いいわね」
「ククク、それはそれは。厳しいお言葉で」
「最後に1ついい?」
「何でしょう?」
「前来た時はこの部屋、真っ白だったでしょう?グレーに模様替えしたの?」
「クス、そうですね、最後ですしお教えしましょう。この場所が変わった理由、それはココが鏡屋である私が存在できる場所でもあり、鏡が映し出したアナタの心の世界でもあるからですよ」
鏡屋の言葉の最後を聞き取り、後ろを振り返った時、その場所にグレーの空間は無く、私の寝室の様子を映し出す単なる鏡の中から呆然と自身を見つめる私がいるだけだった。

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