十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 29

イメージ


私はそれ以降、鏡屋に会うことはなく、日々を過ごす。
そう、いつも通りと言える日々。
私は私として存在した。
私を手に入れたいと願う男達は沢山居て、私は微笑みながらその人々を見下ろす。
そんな生活は数年続き、永遠にこの生活が続くと思ってきた頃、私の周りの様子が変わってきた。
それは徐々にだった。
今思えば……その変化は私に何かを訴えていたのかもしれないと思える。
私への贈り物が減りはじめ、誘われての外出が少なくなった。
急激ではなくそれは少しずつ砂の山が崩れていくかのように小さな変化。
そして……気づいた時、その砂の山の頂点に立っていたはずの私は、何も無い平らな土地に立っている。
そう、私の周りから、私を欲する男達はいなくなっていた。
小さいながらも変化していた周りの状況に、幸せを感じ優越感に浸っていた私は気づず。
最後にはたった一人になっていた。
鏡を覗き込んでみれば、そこには年齢以上に老けた自分が居る。
つい最近まで、この鏡の中にいたのは年齢よりも数段若い、誰もがうらやむ美女だったのに……。
今はくたびれた単なる女が居るに過ぎない。
「……どうして、こんな事に」
呟いた私の脳裏に数年ぶりに鏡屋の言葉と顔が思い浮かんだ。
「大切なもの……大切な人を失ったから?この姿と引き換えに奪われたあの人がいないから?」
私はこうなって初めて、鏡屋のあのときの言葉とその人物を思い浮かべ、自分がなくしてしまったものは一体なんだったんだろうと深く考える。
鏡屋は言った。
『アナタがこの契約書にサインをした時点で完全になくしてしまうものは、この鏡に現れる人物と……そして、その人物に由来するアナタの心です』
人物……今となってはボンヤリとしか思い出せないあの男性。
そして、その人物に由来する私の心……。
分らない……情けない位にわからない……。
なくしてしまったはずの物を思い出そうとすること自体が間違いなのかもしれないけれど、何もかもがなくなってしまい、なんだかこの世界に小さく置いていかれ忘れられてしまったような、そんな存在に成り下がってしまった自分を思うと、何かに頼らなければたっていられない気がしていた。
ベッドルームにある大きな鏡の前まで行って、鏡に手をつき、私は呟く。
「……分らないのよ。どんなに考えても……お願い、教えて……」
しかし、私の手が引っ張られる事も、鏡からあの嫌味な声がする事無く私は立ち尽くし、小さな笑いを口の端に浮かべ、頬には知らず知らずのうちに流れている涙があった。
「そうね、もう会えない……会いたいとも思わない、そう言ったのは私だものね」
当然の結果。
口の端に小さく残っていた微笑は消え、歯を食いしばった私だったが、涙を止める事はできず、その場にガクリと膝をついて、声も出さずただ、涙を流していた。

イメージ上へ
イメージ イメージ イメージ

web拍手 "

応援ヨロシクです♪
inserted by FC2 system