十字街

<Sweet Orange Story

  Life めぐり会う言霊>

鏡屋 30

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カタン……
小さな音が玄関に響いて、私は涙を拭く事もせずフラフラと立ち上がり、玄関まで行く。
ドアの下の方についているポストの小さな扉を開けてみれば、そこには白い封筒が1つ入っていた。
差出人は知らない人の名前。
消印もなく、切手すら貼っていないその封筒を恐る恐る開けてみれば、中にピンク色の便箋が二つ折りにされて入っている。
「……何?手紙?」
便箋を出して、封筒を逆さにしてみるがそれ以外に入っているものは何もなかった。
年をとり、私を欲する男たちがいなくなってから、人がこの玄関にくることは無くなり、メールも、携帯電話も鳴らなくなった。
……手紙なんて、何年ぶりだろう。
そんな事を思いながら手紙を開き、その紙に泣いてで腫れかかった目を走らせる。
―――加藤なつき 様
お元気でしょうか?
突然のお手紙をお許し下さい。
私も年をとり、長年の思いの丈をココにしたためる事にしました。
貴女に初めて出会ったのはずいぶん昔の事……
※―――
手紙には私との出会いから、出会ってからの想い、そして、私から離れていったこと、今こうして手紙を書いているその理由が述べられていた。
私の目からは自然と熱い涙が零れ落ちる。
とても熱いその涙は私の冷め切った心を温めるように流れ、私は手紙丁寧に折りたたんで胸に抱きかかえた。
私がなくしたもの……
それがなんだか何となくだが分った様な気がする。
外見にとらわれ続けた私。
男を翻弄する事を楽しみ、男の数が自分の魅力だと思っていた私。
相手の気持ちを考える事も無く、自分の思いと気持ちを満たし、そして数多くの品々に囲まれる事が幸せだと感じていた。
それがどんな結果を生み出すのかそれを考えもせずに……
でも、今なら分る。
自分が居て、自分を見てくれる人が居て、互いが互いを思いやってこそ、私と言う人物、私と言う存在がソコに現れる。
彼は……ずっと私を見ていてくれた。
容姿ではなく、私の心を見ていてくれた。
彼が私の前から去った理由。
彼は手の届かない存在になったからと書いていたけれど、それは違うわね……きっと、私が心をなくしたから。
ゆっくりと立ち上がった私は久しぶりに髪の毛をひっつめて1つにまとめた。
数多く置かれた化粧品の中から、ファンデーションと口紅だけを取り出して、いつものように時間をかける事無く、化粧を仕上げる。
洋服も、若者ぶった洋服ではなく、年相応に落ち着いた洋服を取り出して……。
小さなハンドバッグに彼からの手紙を入れて、玄関で靴を履く。
「……彼は私に会ってくれるかしら?」
少しの喜びと少しの不安をかかえ、私は玄関を出て、カチャリと鍵を閉め、一歩踏み出した。

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